日本の鍼灸治療の特長は、皮膚をターゲットとした浅い刺鍼や接触刺激、また温熱刺激などであります。

その効果を裏付けるには、皮膚に対する解剖学的および生理学的な理解と共に、治療効果の根拠となる科学的学説が必要となります。

そこで、皮膚の基本的な生理機能と、これまでに明らかになっている皮膚に関する学説を記載することにしますので、それらを参考にした上で、浅く刺入する鍼治療について再考して頂きたいと思います。

①皮膚の解剖と生理

まずは、ロト鍼療法のターゲットである皮膚についての解剖や生理の要点を押さえることで、皮膚刺激に対する認識を高めていきたいと思います。

成人皮膚の表面積は、約1.6㎡、皮膚の総重量は約3kgで、体重の約16%に相当。表皮、真皮、皮下組織などで層状に構成されています(図9)。

★表皮:厚さは、0.06~0.2㎜。主にケラチノサイトによって形成され、水を通さないバリアである角層を作り、保湿の役目を担います。角層は、「水を入れたビニール袋」に例えられ、骨格や筋肉の存在により、姿勢保持は可能としてはいるものの、姿勢により形を変化させられる機能を持ちます。

表面には、皮溝と皮丘という凹凸(図10)があり、皮膚を他動的に動かすと皮溝間の距離が自由に変化し、関節運動に大きな影響を与えます。
触覚受容器のメルケル小体(図11)が、表皮と真皮の境目にあります。

★真皮:厚さは、1~3mm程。網目状に構成された膠原繊維により弾力と皮膚の力学的強度を保ちます。ここには、感覚受容器としての自由神経終末や触覚受容器のマイスナー小体や圧感覚受容器ルフィニ小体(図11)などがあります。

★皮下組織:皮膚の最下層に位置する10㎜以上の厚みのある結合組織。皮下脂肪が含まれ、保温やクッションとしての役割を果たします。ここには、自由神経終末の他、運動感覚に大きく影響する振動感覚受容器のパチニ小体(図11)があります。

★浅筋膜:皮膚には含まれませんが、皮下組織と筋の間にある結合組織で、筋収縮の際、筋と皮下組織の間で筋の滑走を助けています。円皮鍼により影響を受ける可能性のある結合組織です。

以上のことから、皮膚への刺激は、身体に大きな影響を与える可能性があることが示唆されます。

図9:皮膚の構造
図9:皮膚の構造
図10:皮膚の表面
図10:皮膚の表面
図11:皮膚の感覚受容器
図11:皮膚の感覚受容器

②円皮鍼の治療効果に対する根拠

世界の多くの国々では、中国式鍼治療法の台頭により、鍼治療には刺鍼時の独特なひびきや重さ、しびれ感やちくちく感などの感覚がつきものであり、皮下の筋膜を貫く深い刺入がよしとされてきました。

従って、皮膚をターゲットにした短い刺鍼法に対する治療効果の検証は進まず、結果として皮膚を対象にした円皮鍼治療に対する理解度も低いままとなっていました。

しかし、ここ最近の皮膚生理に対する科学的研究の進歩により、皮膚と運動機能との関係や、浅い皮膚への鍼刺激が効果的であるという根拠に結びつく研究などが出はじめてきており、この分野に対する理解度も徐々に高くなる傾向にあります。

円皮鍼治療が効果的であることを裏付ける学説をいくつか以下に示します。

★皮下ポリモダール受容器と鍼刺激に関する研究

1990年から2006年まで、日本、名古屋大学環境医学研究所神経性調節分野熊澤孝朗教授と東洋医学研究所鍼灸師黒野保三所長との共同研として実施された、ポリモダール受容器の機械的刺激に対する反応の実験において、60gの機械的刺激は神経活動が減弱し、20gの機械的刺激が安定した神経活動がみられることを発見し、結果として、生体への鍼刺激は、20g相当の弱刺激がよいと結論づけました。

これにより、皮膚の感覚受容器の中でも、痛覚をつかさどるポリモダール受容器が鍼灸治療の作用メカニズムに関与していることが明らかとなりました。

★筋膜上への圧刺激が自律神経に及ぼす影響についての研究

日本、東洋医学研究所黒野保三所長が発表した研究論文「膻中(CV17)への鍼刺激は心拍変動の心臓迷走神経成分を増加させるが、中庭(CV16)への刺激では増加しない。」(2011年1月6日、オートノミックニューロサイエンス誌に掲載)により、鍼を筋膜の深さまで垂直に刺入し、筋膜を貫くことなく20gの圧を加える筋膜上圧刺激(図12)について、心拍変動解析を用いて検証した結果、副交感神経を有意に増加させたという研究結果を発表しました。

この研究結果は、それまで海外で考えられてきた鍼刺激への刺激方法の定義を根底から論破する結果となり、皮下の浅い刺鍼法(筋膜上圧刺激)でも、十分に治療効果を出せることを証明したのであります。

図12:図は筋膜上圧刺激による鍼治療の特徴を示している。鍼を筋膜の深さまで垂直に刺入し、筋膜を貫くことなく 20g の圧を加える
図12:図は筋膜上圧刺激による鍼治療の特徴を示している。鍼を筋膜の深さまで垂直に刺入し、筋膜を貫くことなく 20g の圧を加える

Schema showing the characteristics of acupuncture by the epifascial stimulation method.The needle is inserted perpendicular to the depth at which~20 gofpressure is applied to the surface of the muscular fascia or periosteum, without penetration.
引用参考文献)Kurono, Y., Minagawa, M., Ishigami, T., Yamada, A., Kakamu,T,. Hayano,J., 2011. Acupuncture to Danzhong but not to Zhongting increases the cardiac vagal component of heart rate variability. Autonomic Neuroscience: Basic and Clinical.161,116-120

★皮膚が関節運動に及ぼす影響に関する研究

日本の理学療法士である福井勉教授(文京学院大学保健医療技術学部)は、2010年10月に発表した「皮膚運動学」の中で、皮膚に与える誘導によっては、その影響で関節可動域や身体内部のアライメントが変化し、運動にも多大な影響を及ぼすことを明らかにしました。

その後、皮膚と運動の間には、特有の法則性が存在することも指摘されています。

★経絡は、ファッシア(筋膜)であり、「生きた電気の綱」であるという説

英国人医師であるDr. Keown Daniel 氏は、ヒトの体には再生能力が備わっていて、その再生には微弱な電気が大きく関与しており、この微弱な電気こそが、東洋医学の「気」に相当し、全身を走る微弱な電気である「気」が走っている場所が、ファッシアであると提唱しました。

ファッシアは、全ての器官(神経、筋、血管、臓器、骨、腱など)を覆い、繋げ、真空パックのように包む線維性結合組織で、身体の複雑な三次元ネットワークを形成していて、その伸縮性により、運動を促進させたり、皮膚の感受性を高めたりする役割を持つ。

ファッシアの主成分はコラーゲンであり、コラーゲンは三重螺旋構造を持ち、電導の特性がある上に、ピエゾ効果によって電気を発生させる能力を備えた「生きた電気の綱」であると説きました。

また、Dr. Keown Daniel 氏は、経絡上にある経穴は、発生学的にも重要な「形成中心」と重なる場所に相当し、且つ、通電性も高い場所であると主張しました。

「The Spark in the Machine: How the Science of Acupuncture Explains the Mysteries of Western Medicine」   
Author: Dr. Keown Daniel
https://www.youtube.com/watch?v=YnQLaM7VnZYより

経絡が電気を通すファッシアで、経穴も通電性に富んだ部位だと考えれば、極めて浅く刺す鍼でも治療効果が出せる説明になります。

★電気二重層形成と膜電位変化の関与説

浅い鍼治療効果に対する皮膚刺激からの説明としては、金属製の鍼が皮膚に接触、侵襲することで、生体との間に電気二重層を形成することが考えられます。皮膚表面で電場の変化が起きると、それは最表層のケラチノサイトの膜電位を変化させ、その変化はその下にあるファッシアにも感知されることになるので、ここでも膜電位の変化が生じ、それがまたさらに深い場所や全身に伝わっていき、やがて神経系に作用することが予想されます。

「賢い皮膚―思考する最大の“臓器”」 (ちくま新書) 新書 – 2009/7/1傳田 光洋著より

皮膚からその下のファッシアへと膜電位の変化という現象の説明でも治療効果が伝播することが明らかになりました。

★皮膚から全身に繋がる結合組織原線維ネットワークの存在

フランスの形成外科医、Jean-Claude GUIMBERTEAU氏(http://www.guimberteau-jc-md.com/en/index.php)は、生体に対して、高解像度デジタル内視鏡にて皮下の生体組織撮影を行い、ファッシアの構造や機能を捉えることに成功し、皮膚表面から人体のあらゆる器官は、原線維ネットワークによって繋ぎとめられていて、全身が構造体系として繋がっていることを実証しました。

このファッシアの原線維ネットワークこそが、アキュキネシスのターゲットであり、円皮鍼治療効果を裏付ける根拠となる解剖学的事実であると確信します。

従って、ロト鍼療法(=ドライ・プレス・ニードリング)は、正に皮膚を介した動きの運動鍼療法と言えるのです。

以上が、円皮鍼による浅く刺す鍼治療が有効である根拠であります。